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レベルの低いクズが少し報われた話

日記

 この前、といっても数か月前、ライトノベルの新人賞に出した。自分なりに気合を入れて原稿を書いた。二十代最後にせめて自分だけでも納得できる原稿を完成させて賞に送りたかった。だからがんばった。そしてなんとか送れた。当時自分は完全ニート状態で、一日をフルに小説に使えた。それでも一か月はかかった。毎日朝から晩までパソコンの前に座って書くこと以外何もせず過ごして、それでなんとか一作完成させることができた。ただ書き上げたのではない。何度も何度も推敲して書き直して、納得がいくまで書き直して完成させたのだ。これは初めての経験だった。

 

 自分はライトノベルに縛られている。正直、もう別にライトノベルはそこまで好きじゃない。というより全然読んでいない。異世界とか知らんわって感じ(つーか数年前まで、最近の子供は読解力がないから異世界ファンタジーを読んでも理解できない、だから売れない、とか一部の編集者の人言ってたじゃんって思う)。ぼくが読むのは海外文学ばかりだ。気取ってるわけじゃない。すきなのだ。ボラーニョとか。でもぼくが小説に深くはまるきっかけになったのはライトノベル、っていうより、西尾維新だったし、那須きのこや竜騎士の直撃を受けた世代だから、無意識にそれらを踏襲してしまうクセがある。というか、ファンタジー要素の無い、単なる現実生活を描くことに退屈さを感じさえする(最近は数多の海外作家のおかげで、現実の中にも退屈な日常に交じって語られるべき冒険が潜んでいることに気付いてはきた)。だから人生で初めて腰を据えて書く、となったときに自然と選んだのはどうしてもライトノベルだった。アラサーのくせに。

 

 ぼくはこれまで本当の意味で応募原稿を完成させたことがなかった。十六のときに作家になろうと思ったのだ。でも初めてまとまったものを書けたのは十九のときで、長編を書けたのは二十一のときだった。それも妥協まみれだった。あらかじめ決めていたプロットの展開と登場人物の心が乖離しはじめているのにそれを無視して書き流していたり、当初予想していた到達点よりはるかにしょぼいゴールにたどり着いた登場人物たちをそのまま受け入れてよく頑張ったねと褒めちゃってそれを完成としたり。送ったところで落ちることなどあらかじめわかるゴミばかり。そういうものしか書いてこなかった。

 

 要するに、ぼくの二十代は本当にくそだったのだ。恵まれていなかったのではない。人並みにチャンスはあった。でもぼくがくそすぎた。少しでも嫌なものからは逃走し、少しはやる気の起きたものもことごとく中途半端で、なにより小説を書かなかった。二十四歳のとき形だけ様になってる長編を一個投稿して、それ以来、三十目前までちっとも書かずにいた。頭の中でプロットや展開をこねくり回して、きっといつか神が降りてきてぼくの才能が目覚めてあっという間に小説を仕上げられて、それでデビューできるだろうと願いながら。だけど三十の誕生日が目前に迫ってようやく理解したのだ。ぼくには眠っている才能なんて無く、自分で原稿に向かわない限り小説ができあがることは一生ないのだと。お察しの通りぼくは精神年齢の低いバカだ。こんなこと、普通の人なら二十くらいで気付くことだろう。でもぼくは三十目前でようやく気がついたというわけ。

 

 あの全力投球の一か月はなにかしらのターニングポイントになったらしい。あれ以来、ぼくは何か少しだけマシになったらしく、この年末まで、働きながらさらに三つの小説を書きあげて投稿することができた。六年間でゼロだったのが、半年で四つだ。意味わかんないね。まぁもちろん落選しまくりなんだけど、でも、書かずに作家を目指していた頃よりも書いて作家を目指している今の方がはるかに心が清い。

 

 ところで、落選は落選なんだけど根性入れて書いたライトノベルは三次落選だった。つまり二次まで通過したのだ。地味に嬉しかった。また、最近のライトノベル新人賞は評価シートがついてくる。それを見たら意外にも評価してくれている人がいた。あなたはひょっとしてぼくですか? って言いたくなるほど丁寧にぼくが仕掛けたつもりの読み筋を拾って、割といい評価をつけてくれていた。その人だけ評価高くてあとはけなされてる感じ。でもけなす人たちにしたって評価するところはしてくれていた。つまり何が言いたいかっていうと、腰据えて書いたら、書いた分だけの手ごたえは得られたように思えたのだ。

 

 それで評価シートを参考にしてさらに改稿して、今日、そのライトノベルを別の賞に出してきた。全体の運びは変わらないけれど、序盤中盤終盤の要所を書き直して、登場人物たちの声がもっとクリアに響くように心がけた。そういった作業をしながら西尾維新クビシメロマンチストを十年ぶりくらいに読み直したら震えて自信を無くしたりもした。でもなんか建設的な努力をしているように思えてすこぶる気分がいい。執筆が職業になろうがならなかろうが、三十代はこのまま書くことまみれで生きていこうと思う。だからブログをはじめてみました、という話。