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コンビニでイチゴのアイスを買って食べた

日記

 20歳くらいまで非モテで、成人してから奇妙にモテはじめた。でも基本的にお付き合いはせず、相手が動けばお断りし、変に突っ込んでくるようなら縁を切る。そういうことを繰り返してきた。現在童貞であるし死ぬまで童貞だと思う。結婚はしないし同棲もしない。親の言葉は無視し、友人の言葉は笑って受け流している。


 こういうことを言うとみな一様に口を揃えて「作家を目指すならたくさん恋をしてたくさん人生経験を積むべきだ」と言う。納得しかねる。誰もがそう言う以上、それは一種のステレオタイプでさえあって、ステレオタイプが作家になれないのはとても明白なことであり、なぜ自らステレオタイプになりにいかなければならないのか疑問にさえ思う。


 むしろ私は、こういう自分を続けることで「あなたは頭がおかしい」、「お前は親不孝だ」、「君はいつまでも子供なだけだ」、「人生を何もわかっていない中途半端ものなだけだ」と言われ続ける人生経験を積みたい。そう言われ続ける経験の果てでしか見えない景色もたぶんあるだろう。


 でもたまに揺れることがある。それは例えば誰かを好きになったときだ。そしてこれまでの道のりを全て無碍にして恋愛をしようかと思うことがある(もちろんこちらの都合ばかりでなく相手あってのことではあるけれど)。禁煙をやめたくなるのと一緒だ。でもせっかく禁煙を続けてきたのだからこれからもずっと禁煙を続けていこうとすぐ思い直す。


 ようするにアダルトチルドレンというやつなのだろう。周りが要請する自分ではなく、自分が決めた自分でありつづけようとする精神未熟者。別にぼくは自分が正しいとは思っていないし立派だとも思っていない。あと数年もしてすっかりおっさんになれば自分なんざを気にかける人もいなくなっていい意味で孤独に生きていけるだろう。


 死ぬまで一人で本を読んで本を書き続けていければそれで十分。極論、その運動さえ続けていけるのなら作家デビューできなくてもいい。作家と作家志望の違いは本が本屋に並ぶか並ばないかだけでやってることに大した違いはないのだし。






 あと全然関係ないのだけどエクスリブリスはやっぱりいい。『民のいない神』を読んでいるけれどおもしろすぎる。